年忌法要とは?行うべき時期やトラブル回避のために考えたいことを解説
「人が亡くなった後に行う儀式」というと、多くの人が「通夜・葬儀」を思い浮かべることでしょう。もちろんこれは間違いではありません。
しかし実際には、通夜・葬儀が終わった後でも、行うべき儀式はいくつかあります。それのうちの代表例ともいえるものが、「年忌法要(ねんきほうよう)」です。なお地域によっては「回忌法要(かいきほうよう)」と呼ばれることもあります。
ただ、「年忌法要」といっても、
「そもそも年忌法要とはどんなものか分かっていない」
「単語自体は知っているけれど、どんなことをやればよいのか分からない」
「宗派ごとに年忌法要のやり方も違うと聞いた……」
「年忌法要の流れがわからないし、いつまで行えばよいか分からない」
という人も多いことでしょう。
この記事では「年忌法要」に関する以下のような疑問を解消!
- そもそも「年忌法要」とは何か
- 「年忌法要」を行う目的
- 「年忌法要」を行うタイミング
- 宗派ごとによる違い
- 「年忌法要」の流れ
- 「年忌法要」の準備
年忌法要は、故人を思い出し、故人の供養を行うということに繋がります。
年忌法要について正しく理解し、取り組んでいくために本記事をお役立てください。
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この記事の目次
年忌法要とは
年忌法要とは、簡単に言うのであれば、「仏教的に見て区切りのよい年に、故人のために行う法要」をいいます。「仏教的に見て」とあることからも分かるように、年忌法要は基本的には仏教の宗教的儀式です。
またこれはあくまで宗教儀式であるため、現代に生きる人々にとっては「区切りが悪い」と感じられるような年(例:13年など)に行われることもあります。
年忌法要の歴史
年忌法要の歴史は古く、5~6世紀ごろにまでさかのぼることができるといわれています。かつての仏教では死者のための儀礼は行われていませんでしたが、インドから中国に渡った後に変化が起きることになります。
中国には「忠孝(自身の主への忠誠心や忠義と、自身の親に対する孝行。中国の道徳思想の基本であり、日本でも重んじられた)」の考え方があり、このなかでも「孝」の考え方と仏教は深く結び付くことになります。
亡くなった人(親)に対して祈りをささげ、その供養をする……という考え方の元、「年忌法要」が行われるようになりました。
ただ、当初の年忌法要は現在の年忌法要とは異なり、それほど長くは行われていませんでした。「亡くなった人間は49日までに生まれ変わる」という考え方から、49日までの間の7日ごとの法要(ここまでは特に「追善供養」とされます)、100日目、1年目、3年目までで弔い上げ(年忌法要を終えること)とされていました。
この考え方は日本にも伝わり、鎌倉時代までは3回忌までとされていました。
文献によると奈良時代の年忌は一周忌までで、平安時代の初めになると、墳墓や遺体を安置した喪屋の側に小屋をつくって、三年ほど祭祀行事をする光景が見られるようになったと言われています。
なお、1年に1回の祥月命日に対して、毎月の忌日のことを月忌といいます。
中陰、百か日、月忌、年忌、祥月命日などに、遺族が仏事を営みお供え物をして死者の供養をすることを追善供養といいます。
年忌法要の回数
時代が経つに従い、7年・13年・33年のタイミングで年忌法要が行われるようになりました。さらに16世紀には17年・25年が加わります。江戸時代には、23年・27年・50年が加わりました。現代ではさらに回数が多くなり、37年・43年・47年、さらには100年・150年・200年が加わりました。
このように増えていった「年忌法要」ですが、現在では葬祭儀礼を簡略化する傾向もあるため、ここまで小刻みに、また長期間にわたって年忌法要を行っていくことは少なくなっています。
年忌法要をする目的は故人を供養するため
年忌法要を行うのは、「故人を悼むため」「故人を供養するため」です。
もう少し詳しく解説していきます。
人が亡くなったとき、仏教の考え方では、「故人は7日ごとに裁きを受ける」と考えます。49日までの間は、残された家族が故人の代わりに善を送り、故人の行く末が安らかなものであるようにと祈ります。
これが、「初七日法要」「四十九日法要」であり、特に「追善供養」と呼ばれているものです(現在は7日目と49日目以外の追善供養は省略されるのが一般的です)。
年忌法要の場合は、ここまでの「追善供養」と繋がっています。
ただ、年忌法要の場合は「故人が13の仏様に守られて成仏するために行うものだ」とも考えられています。
49日までの間に
- 「不動明王(不動明王)」(7日目)
- 「釈迦如来(しゃかにょらい)」(14日目)
- 「文殊菩薩(もんじゅぼさつ)(21日目)
- 「普賢菩薩(ふげんぼさつ)」(28日目)
- 「地蔵菩薩(じぞうぼさつ)」(35日目)
- 「弥勒菩薩(みろくぼさつ)」(42日目)
- 「薬師如来(やくしにょらい)」(49日目)
が故人を導きますが
- 100日目には「観音菩薩(かんのんぼさつ)」
- 1年目では「勢至菩薩(せいしぼさつ)」
- 3年目では阿弥陀如来(あみだにょらい)
- 7年目では阿閃如来(あしゅくにょらい)
- 13年目では大日如来(だいにちにょらい)
- 33年目では虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)
が故人を導くとされています。
この13の御仏の加護によって、人は極楽浄土にまで導かれるとされています。年忌法要は、故人が極楽に至るために行う供養だと考えてよいでしょう。
ただ、このような考え方は、あくまで仏教の宗教観によったものです。現在は、「亡き人を偲んでみんなで思い出話をするために行われるもの」「遺された家族が、自分自身の気持ちに区切りと決着をつけるために行われるもの」という性格も強くなっています。
故人と関わりの深かった人たちで集まり、お互いの悲しみを慰め合い、少しずつ故人の死から立ち直っていくために行われるものだともいえるでしょう。
年忌法要を終えるのを弔い上げとよぶ
このような理由で行われる「年忌法要」ですが、年忌法要をずっと続けていくことはなかなか難しいものです。そのため、ある程度年忌法要を重ねたタイミングで、「これ以上の年忌法要は行わない」として切り上げることもあります。
これを、「弔い上げ(とむらいあげ)」といいます。また、あまり一般的ではありませんが、「問い切り(といきり)」「揚げ斎(あげどき)」「問い上げ(といあげ)」という呼ばれ方をすることもあります。(ここでは「弔い上げ」に統一します)。
弔い上げを行うタイミングは、家庭や故人の功績によって異なります。三十三回忌もしくは五十回忌を目途とするのが基本ですが(後述します)、「○回忌までで弔い上げをしなければならない」などの縛りがあるわけではありません。
そのため、非常に早くに弔い上げをすませてしまう家庭もあれば、親族がいる限り長く続けていくという家庭もあります。
弔い上げのときは、それまでの年忌法要と比べると盛大に行われるのが基本です。また、弔い上げを行ったタイミングで、仏壇に置いてあった位牌を先祖の位牌と一緒に合祀するなどのやり方がとられるのが一般的です。
故人を「個人」としてお祀りするのではなく、「ご先祖様」として一緒にお祀りしていくのだ……ということの意思表示でもあります。
ちなみにこの「弔い上げの儀式」は地域によって違いがあるものです。ほかの地方ではなかなかイメージしにくいところではありますが、「墓参りも五十回忌まで。それ以降は墓石を倒して、無縁仏とする」という考え方が三重県の伊賀地方にはありました。
弔い上げをもって、故人への追善法要が終わり、故人は「御先祖様」と一緒になると考えておきましょう。
弔い上げは一つの「お祝い事」と考える向きもあります。手厚く法事を行ったこと、故人をずっと大切に供養していたことなどがその理由でしょう。
年忌法要をはじめとする法事・弔事においては黒と白の水引(あるいは黄色と白、双銀、まれに青白)が使われますが、弔い上げの場合は紅白の水引を使う場合もあります。
この場合は、結び切りにしたものを利用します。このように、弔い上げはほかの「年忌法要」とはまた異なった性質を持つものでもあります。
代表的な年忌法要
代表的な年忌法要は、以下の通りです。
- 一周忌
- 三回忌
- 七回忌
- 十三回忌
- 十七回忌や二十三回忌や二十七回忌
- 三十三回忌
- 五十回忌
三十三回忌から五十回忌までの間には、「三十七回忌」「四十三回忌」「四十七回忌」がありますが、このあたりは省くケースが多いかと思われます。
また、これはあくまで個人的な感覚ではありますが、十三回忌から二十七回忌もご家庭によっては省くケースが多く見られるように思われます。
逆に、どのようなご家庭であっても一周忌と三回忌、七回忌程度までは、家族だけではなく親族などまでを招いてある程度大きな規模で行うことが多いといえます。
仏教では年忌法要を五十回忌まで行うのが一般的
「弔い上げはいつか」ということにもつながるのですが、仏教の場合は三十三回忌もしくは五十回忌を弔い上げとするご家庭が多いといえます。
三十三回忌
三十三回忌は、13の御仏による導きが終わるタイミングです。また、生前にどのような罪を犯した人間であっても、三十三回忌を迎えれば原則として極楽浄土に迎えると考える宗派が多いのも理由のひとつだといえるでしょう。これによって、「個人・故人」は「先祖」になると考えるのです。
五十回忌
五十回忌も、弔い上げのひとつの目安となるものです。五十回忌は、故人が旅立ってから49年目に行われるものです。「四十九日」が仏教では非常に重んじられること、また数字としてもちょうどきりがよいところから、五十回忌を弔い上げの目安としているのと思われます。ちなみに、五十回忌までは比較的頻繁に年忌法要を行いますが(2~6年に1回程度)、五十回忌が終わった後の法要は百回忌・百五十回忌……と、五十年ごとに行われるようになります。これは特に、「遠忌(おんき)」と呼ばれます。
弔い上げの考え方
五十回忌を弔い上げとする、という考え方は、特に信仰心の強いご家庭・法事に心を砕くご家庭に見られる風習です。
三十三回忌はともかく、五十回忌ともなると、故人のお子さんもすでに彼岸の人であることも多いことでしょう(たとえば30歳でお子さんに恵まれ、80歳で旅立った人の場合、五十回忌となればお子さんも80歳です。三十三回忌の場合は63歳です)。
そのため、これを「弔い上げ」とする場合は故人の家族や親しく付き合ってきた人を中心とするというよりは、故人の孫や親族によるところが多いかと思われます。
なお、仏教において非常に大きな功績を残した人などは、700年、800年と長く年忌法要によって弔われることもあります。たとえば、浄土宗の租となる法然上人(ほうねんしょうにん)などの場合は、平成23年に800年大遠忌が行われています。
逆に、
「高齢で亡くなったので、十三回忌の時点ですでに多くの親族が旅立っている」
「仏教を信仰してはいるが、それほど重んじてはいない」
「親族間で感情的な軋轢があり、最低限のことを済ませた後は関わりを持ちたくない」
などの理由がある場合は、三十三回忌や五十回忌を待たずに弔い上げとすることもあります。
たとえば、十三回忌などを弔い上げとするのです。どこをもって弔い上げとするかには明確な基準はありませんから、このようなタイミングを「弔い上げ」とするのも決して間違った話ではありません。
弔い上げのタイミングは、一般的には三十三回忌もしくは五十回忌とはされていますが、ご家庭・ご家族の考え方によって変えても問題はないとされています。ただ一般的な仏教の考え方にのっとる場合は、七回忌程度までは行うのが基本でしょう。
宗派別にみる年忌法要の特徴
年忌法要は仏教の儀式です。しかし一口に「仏教」といっても、仏教にはたくさんの宗派があり、そしてそれぞれの宗派で考え方も異なります。ここでは、代表的であり、また特徴もある6つの宗派における年忌法要の考え方を見ていきます。
浄土真宗
浄土真宗の場合は、「年忌法要」の考え方がほかの宗派とは大きく異なります。
浄土真宗の年忌法要は一周忌・三回忌・七回忌・十三回忌・十七回忌・二十三回忌・三十三回忌を行い、三十三回忌を弔い上げとします。
しかし、この宗派では故人の追悼供養のために年忌法要を行うわけではありません。
浄土真宗の場合は、亡くなった人はすぐに極楽浄土に旅立つという考え方をとります。このため、年忌法要の基本である、「極楽浄土に旅立つための追善供養・極楽浄土に導かれるための法要」という考え方はしません。
年忌法要は故人の生まれ変わりを願うためのものではなく、親族や家族で集まって故人を偲ぶために行われるのです。またこの機会に御仏の教えに触れることを目的としてひらかれます。
卒塔婆(そとば。塔婆/とうばとも読む。お経や題目を記した木の板であり、追善供養を目的として作られる)も用意しないのはこれが理由です。
真言宗
一周忌から十七回忌まではどこの地方でも行います。それ以降は、二十三回忌と二十七回忌が省略される代わりに、二十五回忌(24年目に行われる年忌法要)が営まれます。
弔い上げのタイミングは、三十三回忌です。ただ三十三回忌で弔い上げとした場合でも、五十回忌や百回忌、あるいは百五十回忌などの遠忌などを行います。
曹洞宗
曹洞宗の場合、真言宗と非常に似た形式を取ります。一周忌から十七回忌までを行い、それ以降は二十五回忌を行う……というのが基本です。
また、三十三回忌を弔い上げのタイミングとすること、五十回忌や百回忌は弔い上げが終わった後でも行うことなど、共通点は非常に多いといえます。
ただし曹洞宗の場合、「二十五回忌は行わない。ほかの宗派と同じように、二十三回忌と二十七回忌を営む」としている地域もあります。
臨済宗
臨済宗は、曹洞宗と同じ「禅系」に分類される宗派です。そのためか
臨済宗の場合は、曹洞宗と同じく、一周忌から十七回忌までを行います。それ以降も曹洞宗と同じで、二十三回忌と二十七回忌を行う地域と、二十五回忌を行う地域があります。
ただし、臨済宗の場合は、弔い上げを行ったのちは五十回忌や百回忌は営まないケースがほとんどです。
日蓮宗
日蓮宗は、基本となる「年忌法要」の流れに従います。一周忌~十七回忌までを行うほか、二十三回忌や二十七回忌も行われます。ただし日蓮宗の場合も、「二十五回忌」として、二十三回忌や二十七回忌を省くこともあります。
天台宗
天台宗は、最澄を祖とする宗派です。法華経を重んじる宗派なのが特徴です。
ほかの宗派と似たところが多く見られるのですが、年忌法要の場合は二十三回忌と二十七回忌は行わないという特徴があります。
その代わりに、二十五回忌を行うのが一般的です。また、三十三回忌で「弔い上げ」と考える向きが多い宗派でもあります。
年忌法要は亡くなった年から数えでカウントする
年忌法要は、一周忌を除き、「その人が亡くなった年から」カウントします。
つまり
没年月日 | 2019年1月18日 |
---|---|
一周忌(これのみ翌年となる) | 2020年1月18日 |
三回忌 | 2021年1月18日 |
七回忌 | 2025年1月18日 |
十三回忌 | 2031年1月18日 |
三十三回忌 | 2051年1月18日 |
五十回忌 | 2068年1月18日 |
なお、四十九日法要までも同様で、亡くなった日から換算します。つまり、初七日法要は1月25日となります。
ここでは「日付」までを記しましたし、実際に亡くなった命日で年忌法要を営む場合もあります。しかし現在では法事のためだけに休みをとることはむずかしくなっていますし、親族が全国に散らばっていることもあります。
このため、実際には「亡くなった当日」に年忌法要が行われることは極めて少なく、多くの場合はその周辺の土日が開催日時となります。
なお、開催日時は、原則として「前倒しすることはあっても、後ろ倒しにすることはあってはならない」と考えられています。弔事は先送りにしてはならないとされているため、1月18日が金曜日ならば1月19日~20日ではなく、1月12日~1月13日に行うのが基本です。
ただ年忌法要の場合は「どうしても都合がつかないのであれば、後ろ倒しにしてもよい」とする向きもあります。「絶対に参列するべき人が、そのときは海外にいて絶対に参加できない」ということであれば、後ろ倒しにするのもやむをえないでしょう。
年忌法要には誰を呼ぶかは回忌によって異なる
年忌法要には誰を呼ぶかについても見ておきましょう。これもしばしば話題に上るものです。
まず、三回忌までは大々的に行います。また、弔い上げとなるタイミングのときは盛大に行うことが多いとされています。
問題は、「三回忌から弔い上げまでの間」です。
これに関しては、各家庭で考え方が大きく分かれます。「七回忌でも十三回忌でも親族を呼んで大々的に行う」というところもあれば、「七回忌以降は家族でだけ行う」「七回忌までは親族まで呼んで行う。それ以降は、家族と親しい人だけで行う」とする場合もあります。
また、年忌法要に呼ぶ人を判別する基本となるのは、「血のつながりの濃さ」です。ただし、これだけが目安となるわけではありません。実際の例では、「母が亡くなった。母の兄の元妻と母は非常に仲が良く、離婚後も親しく付き合っていたし葬儀にも来てくれた。このため、元妻には年忌法要に参加してもらった。しかし現在の妻とはほとんど面識もないので、来てもらう必要もなかった」としたところもあります。
このため、たしかに「血のつながり」はひとつの指標とはなるものの、絶対的なものとはいえません。
なお、「呼ぼうかどうか迷う」という場合は、とりあえず案内状を出すとよいでしょう。これは冠婚葬祭すべてに対して言えることではありますが、「呼ばれなかったことを引きずる人」はいても、「呼ばれたことで怒る人」はいないからです。
参加するかどうかは案内状を受け取った人が決めればよいことですから、まずは案内だけは出しておきましょう。「行きたかったのに呼ばれなかった」という禍根は、後々まで引きずることになりかねません。
年忌法要に参加する際の服装
年忌法要の服装は、一周忌までとそれ以降で大きく異なります。
一周忌まで
一周忌までのときは、葬儀に準じた格好をすることになります。女性も男性も略礼服もしくは喪服を身にまといます。ネクタイ・靴・靴下・ストッキング・鞄はすべて黒のものを選びます。
なお、通夜や葬儀の場では例外的に「不幸を予測していたわけではありません」という気持ちを示すためにあえてネクタイを黒いもの以外を選ぶ地域もありますが、年忌法要の場合は前もって知らされているものですから、黒いネクタイを選ぶようにしてください。
鞄や靴は、光物が入っていないものを使うのが基本です。蛇革などのように、「殺生」を連想させるものは避けるようにしてください。
アクセサリー類は、結婚指輪とパールならば許容されます。パールは黒でも白でも構いません。女性の場合はネックレスを着けることがあるかと思いますが、この場合は必ず一連のものにし、二連になっているものは避けます。
お、年忌法要の場合はブラックオニキスを身に着けて行ってもよいとする説もあります。ただしアクセサリー類は、「絶対に着けなければならない」というものでもありませんから、「着けない」という選択肢を選ぶのも有効です。
三回忌以降
男性も女性も、ダークスーツを選びます。グレーや濃紺の物でも構いません。女性の場合は、アンサンブルやワンピースを選ぶこともできます。
靴下・鞄・ネクタイは、やはり黒色のものとします。ただしストッキングに関しては、グレーでも問題がないとされています。ワイシャツは白のものを選びます。
なお、三回忌以降の服装に関しては、家庭によってかなり違いがみられます。たとえば、「母方の家は非常に厳格。喪服やそれに準じる服装をみんなしてくる。しかし父方の方はかなりラフで、地味な色合いの平服をみんな選んでいる」という場合もあります。
また、「きっちりと整えた状態でお見送りをしたい」と考える家庭もあれば、「家族みんなで見守るかたちでお見送りをしたい」と考える家庭もあるでしょう。その家庭ごとの考え方に従うのがよいと思われます。
年忌法要は、故人の家やホールなどで行われることが多いので、「地味な平服で、喪服(略礼服)を持って伺い、必要に応じて着替える」というやり方をとってもよいでしょう。気安く聞ける関係であるならば、施主に「どのような服装で行ったらいいか」を聞くのも悪くありません。
ただ、「平服で良い」と言われても、ジーンズやTシャツなどのラフすぎる格好はNGです。
年忌法要を行う際に準備すること
年忌法要を行う際には、さまざまなものを用意する必要があります。
お供え物を用意する
まずは「お供え物」について見ていきましょう。また、「引き出物」についても取り上げます。
お供え物
基本的には果物などをチョイスします。仏教の場合は、魚や肉などの生臭類は避けるようにします。故人が好きだったものを捧げるとよいでしょう。なお、年忌法要に参加する人は、仏前に捧げられるお菓子などを持っていくことをおすすめします。
この際は個別包装になっているものが望ましいといえます。また、日持ちのするものを選びましょう。甘い物を持ってくる人が多いと判断される場合は、せんべいなどが喜ばれます。
そのときにかけるのし紙の水引は、一周忌までは黒白もしくは双銀、三回忌からは黄白を選びます。ただし、三回忌以降の場合は水色と白色の水引を選ぶこともあります。
例外的に、弔い上げのときには赤白の水引を選ぶこともあります。赤白の水引は本来慶事用ですが、「無事に弔い上げを行いました」「(特に三十三回忌や五十回忌を弔い上げとする場合は)これで故人も極楽に上がれました」という意味を込めて、これを選ぶのです。
なお、すべての水引はすべて結び切りとします。
お花
お花は年忌法要には欠かすことのできないアイテムです。基本的には生花で、かつ新鮮なものを選びます。白や黄色の菊が一般的ですが、故人が愛した花があるのであればそれを入れてもよいでしょう。
年忌法要の場合は葬儀ほど厳密に決まり事があるわけではありませんから、ある程度はご家族の意向が通ります。花輪などは用意しません。用意するのは、小さな花瓶に入れられるだけのものです。
卒塔婆
卒塔婆(そとば)は「塔婆」ともいいます。木の板に経文や戒名が描かれているものであり、お墓などに比較的よく見られます。
卒塔婆は、故人の追善供養のために使われるものです。仏教では広く見られるものではありますが、唯一浄土真宗ではこれは用いません。なぜなら浄土真宗の場合、「亡くなった方はすぐに浄土に旅立つのだ」という考えを持っています。
浄土真宗だけは年忌法要に持たせる意味が異なるとしましたが、それはこの「卒塔婆」のときにも同じことがいえます。
引き出物
引き出物を用意して、参列した人に持って帰ってもらう場合もあります。のし紙をかける場合は「志」とし、水引は黒白・黄白もしくは水色白のものとします。また、水引は結び切りです。金額の相場は、2000円~5000円程度でしょう。
引き出物は、葬儀のときと同じく「キエモノ」を選ぶのが一般的です。お茶、洗剤、乾物などがよいでしょう。また、ご親族からいただいたお供え物をばらして持って帰ってもらうところもあるようです。
宗教者へ依頼する
年忌法要に先立ち、宗教者(「年忌法要」自体が原則として仏教の考えであるため、基本的には僧侶)に連絡をとらなければなりません。
宗教者とのスケジュールをすり合わせて日付を決める必要がありますが、通夜や葬儀、あるいは四十九日法要とは異なり、年単位で先の日程を抑えることになりますから、「スケジュールが合わない」という可能性はあまりないかと思われます。
頼むのは、通夜や葬儀でお世話になった菩提寺です。年忌法要の場合は長い時間をかけて行っていくものですから、「昔からお願いしていた菩提寺が廃寺になってしまった」などの状況になることもあるでしょう。
この場合は、その宗派の本山に連絡をして事情を話すようにします。どうしても適当な人が見つからないという場合は、僧侶派遣会社などを利用することを検討しましょう。
お布施の相場は30000円~50000円程度でしょう。ただし、会食に参加しない場合は御膳料を包みます。また、車代が必要になることもあります。
年忌法要の大まかな流れ
年忌法要当日の大まかな流れを見ていきましょう。
年忌法要は、以下のように行われます。
- 宗教者入場
- 施主挨拶
- 読経
- 焼香
- 説法
- 宗教者退場
- お墓参り
- 必要に応じて会食
詳しく紹介していきます。
1.宗教者入場
宗教者が入場します。通夜や葬儀の場合は複数の宗教者に依頼することもありますが、年忌法要の場合は、基本的には宗教者は1人だけです。
2.施主挨拶
「故人の名前」「年忌法要を行うこと」「ここまで足を運んでくれたことへの感謝」などを簡潔に述べます。
3.読経
読経を行います。この読経を行っている間に、次の「焼香」を行っていく場合もあります。
4.焼香
焼香を行います。通夜や葬儀のときは立礼焼香(立って行う焼香)が非常によく見られますが、年忌法要の場合は自宅などの狭いところで行われることが多いため、立礼焼香ではないやり方がとられることがあります。
たとえば座礼焼香(座って行う焼香)や回し焼香(香炉とお香が置かれた盆が回って来るので、それを自分の手元において焼香する方法。焼香が終われば次の人に回す)などです。
5.説法
宗教者による説法(法話)が行われます。これは宗教者の人柄が非常によく現れる部分です。ただ、多くのケースでは、親しみやすい日常の話から、「死」「生」を仏教の観点から解釈したお話が行われます。
6.宗教者退場
宗教者退場です。ただ、この後のお墓参りや会食に同行する場合もあります。
7.お墓参り
参加した家族・親族でお墓参りに行きます。ただしお墓が非常に遠い場合は割愛されることもあります。
8.必要に応じて会食
必要に応じて会食をとります。会食は、レストランもしくは仕出しを利用することが一般的でしょう。また、会食を行わない場合もあります。その際はお墓参りの段階で簡単な挨拶をして解散となります。
精進落としは四十九日の段階で終わっているので、この時に出される食事には生臭類も入っています。故人の好きだったお店を予約したり、故人が愛した食材を取り入れたりしてもよいでしょう。
ただし、「ハレの日」を強く印象付けるタイやイセエビなどは避けます。
これが大まかな流れです。ただ、家庭ごとで多少の違いはありますから、あくまで目安ととらえてください。
仏教以外の年忌法要について
「年忌法要」の考え方は仏教のものですが、それ以外の宗教でも似たような儀式はあります。それについて紹介します。
キリスト教
キリスト教の場合、カトリックかプロテスタントかで考え方が異なります。
プロテスタントの場合は、1年目・3年目・5年目・7年目のタイミングで、追悼集会を行います。お布施に代わるものとして「記念献金」があります。これは教会に渡すことになります。牧師に対しては、「御礼」と「御車代」をお渡しすることとなります。
カトリックの場合は、追悼ミサが開かれます。追悼ミサは、1年後に行われます。それ以降は特に定めはありませんが、命日にミサを行うやり方がよくみられます。
また、10年ごとに盛大なミサを開きます。ミサでは、聖書の読み上げ等が行われます。謝礼は「ミサ謝礼」とされます。神父に渡すものは、カトリックで牧師に渡すものと同様です。
神式
神式は、仏教と似た考え方・似た儀式を行う場合もあります。年忌法要については一部で同じで、一部で異なります。
神式においても100日目に行われる「百日祭」と呼ばれるものがあります。それ以外では、1年目・2年・3年目・5年目・10年目に儀式が行われます。そのあとは10年ごととなり、50年目の次は百年祭となります。ただし、年忌法要のときにいわれる「弔い上げ」は50年目とされています。
仏教では生臭類はお供え物としませんが、神式では「山のものや海のものを捧げる」というところから、魚や卵なども神饌(しんせん。神様への供物のこと)として捧げます。
無宗教の場合はどうするか
無宗教の場合は、特段「こうしなければならない」という決まりはありません。そのため、年忌法要を行わなくてもまったく問題はありません。特に、「故人が宗教を嫌っていたから無宗教である」という場合は、故人の意向に沿うとよいでしょう。
この場合は、「○年に1度集まること」自体をやめてしまっても構いませんし、「集まりはするけれども、会食だけして解散」というかたちをとっても構いません。
年忌法要には、一応のマナーや考え方はありますが、家庭によって違いが見られるものでもあります。基本を踏まえたうえで、「自分たちのときはどうすべきか」を考えておくとよいでしょう。
まとめ
年忌法要とは、故人の追善供養のために行うものです。1年・3年・7年・13年……などのタイミングで行われ(一周忌以外は、亡くなった年からカウントする)、三十三回忌もしくは五十回忌で「弔い上げ」となるのが一般的です。
年忌法要は、宗派ごとによって多少違いがみられます。また各家庭でも違いが出てくるおともあります。
年忌法要を行う場合は、家族や親族、親しい人に案内状を送りましょう。用意してもらう必要があるため、出欠の返信は○日までに、などと書いておくと安心です。
「誘うべきかどうか迷う」という人がいた場合は、とりあえずお誘いしましょう。誘われて嫌な気持ちになる人はいないからです。
自分が呼ばれた場合は、一周忌までなら喪服などを着ましょう。それ以降ならばダークスーツにします。ただ、「カジュアルな服で来てほしい」と希望される場合もありますから、そのような場合は地味目な平服で行きましょう。
年忌法要には、
- お供え物
- お花
- 引き出物
- 卒塔婆(ただし必須ではない)
が必要です。
また、宗教者とのスケジュールのすり合わせも行っておきましょう。
年忌法要は、以下の流れをとります。
- 宗教者入場
- 施主挨拶
- 読経
- 焼香
- 説法
- 宗教者退場
- お墓参り
- 必要に応じて会食
このうち、お墓参りと会食は省かれることもあります。
キリスト教でも神式でも、年忌法要に似た儀式はあります。無宗教の場合はこれといった決まりはないため、各家庭の采配に委ねられます。まったく何もしないこともできますし、折々のタイミングで集まって食事などをとることもあります。
年忌法要は、先祖を思って行うもの。また、親族の顔を見られるきっかけにもなるものです。
無理に行う必要はありませんが、家族や親族、故人が希望していたのであれば行うべきです。
監修者コメント
監修者
終活・葬送ソーシャルワーカー
吉川美津子
年忌法要とは死後一定の年忌を期して行われる死者供養で、原則として死没した月日に行われます。最終年忌を弔い上げといい、これ以降は仏事をすることはありません。文献によると、奈良時代の年忌は一周忌までで、平安時代の初めになると、墳墓や遺体を安置した喪屋の側に小屋をつくって、三年ほど祭祀行事をする光景が見られるようになったと言われています。なお、1年に1回の祥月命日に対して、毎月の忌日のことを月忌といいます。なお、中陰、百か日、月忌、年忌、祥月命日などに、遺族が仏事を営みお供え物をして死者の供養をすることを追善供養といいます。