秋のお彼岸にはどんな意味がある?お墓参りの日も重なる供養の行事
「暑さ寒さも彼岸まで」というように、お彼岸は春と秋の年に2回巡ってくる季節の変わり目です。春分と秋分は、昼と夜の長さが同じになり、この日を境に、冬は春に、夏は秋へと移ろっていくのですが、ではなぜこうした季節の変わり目に、わたしたち日本人は神仏や祖先に手を合わすようになったのでしょうか。お彼岸行事をひもときながら、お彼岸の本質的な意味や日本人の死生観について迫ります。さらにはコロナ禍でのおすすめのお彼岸の過ごし方をご提案します。
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季節の変わり目に亡き人を想う日本人の死生観
彼岸とは「彼方(あちら)の岸」という意味です。つまり直接語られてはいないものの、私たちは「此方(こちら)の岸」に立って向こう側を見ていることになり、その間には彼方の岸と此方の岸を別つ境界である川が流れています。
ここでは、彼岸は【死後の世界/仏の世界/悟りの世界】であるのに対し、此岸は【私たちが生きているこの世界/人間の世界/苦しみの世界】を表しています。
あちらの世界を想うのはなにもこの春分や秋分に限ったことではなくいつでもどこでも構いません。なのになぜ、年に2回の季節の変わり目を「彼岸」と名づけ、仏教や先祖供養へと結びつけられていったのでしょうか。
そして意外と知られていないのが、お彼岸はインドや中国にはない日本固有の仏教行事だと言うこと。日本だけで行われているこの慣習にこそ、日本人らしい感受性や死生観を見ることができるのです。詳しくひもといていきましょう。
自然と祖先を大切にする日本人
春のお彼岸では春の訪れを喜び、田起こしをし、種蒔きをします。一方、秋のお彼岸では一年の収穫を喜び、感謝します。農耕民族である日本人は、祖先は自分たちの住む土地をいつも見守ってくれていると考えます。大自然への祈りや感謝は、そのまま祖先への祈りや感謝にも通じたのです。季節の区切りに先祖供養の行事を行うということは、それだけ日本人が、自然や祖先と共生していることを表しています。
彼岸は悟りの世界を想って自ら修行する期間
多くの人はお彼岸を先祖供養のためのものと考えますが、仏教的には悟りの世界である彼岸を目指す修行の期間としています。これは、彼岸の語源がサンスクリット語の「パーラミター」であることからも明らかです。パーラミターとは「到彼岸(=彼岸にたどりつく)ための修行」の意味で、日本語では「波羅蜜」と書きます。お彼岸の時期になると、日本全国の寺院で彼岸法要が行われます。お盆がご先祖様を迎え入れる行事であるのに対し、お彼岸はあの世や悟りの世界を願って自らが修行する期間として考えられているのです。
真西に沈む美しい夕陽に極楽浄土を想う
仏教にもさまざまな流派や宗旨がありますが、特に浄土系の宗旨ではお彼岸は特別な意味を持ちます。真西に沈む美しい夕陽の先に極楽浄土を想うからです。極楽浄土は阿弥陀如来が作られたとても美しく苦しみのない「楽」が満ちあふれた世界のことで、この極楽が西の彼方にあるとされています。昔からこの世を憂う人々は西のはるか彼方にあると言われている極楽浄土を想ったのです。
浄土教の代表的な経典が『観無量寿経』。この中に極楽浄土を見るための13の瞑想法が書かれており、一番はじめに記されているのが、西に沈む太陽を見てその丸い形を想いにとどめる「日想観」です。太陽が真西に沈む春分と春秋はことさら日想観にふさわしい日とされ、いまでも四天王寺(大阪市)の春秋の彼岸会では、夕刻に日想観が行われ、数多くの参拝者でにぎわいます。
秋のお彼岸に合わせて【お墓参りの日】がある
秋分の日は「お墓参りの日」でもあります。これは、『国民の祝日に関する法律』の中で、秋分の日を「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ日」としていることから、日本石材産業協会が2013年からはじめた取り組みです。秋の風を感じながらのお墓参りには、お盆の暑さ厳しい季節とは異なるすがすがしさがあります。みなさんもぜひともお墓参りをしてみてはいかがでしょうか。
おすすめのお彼岸の過ごし方4選
今年(2024年)の秋彼岸、いろいろ予定を立てている人もいれば、なかにはコロナウイルスのこともあり、外出を控えようかと考えている人もいることでしょう。せっかくのお彼岸です。季節の移ろいを肌に感じながら、ご先祖さまや自分自身に向き合う機会にしてみてはいかがでしょうか?
お仏壇へのお供え
家にお仏壇がある人は、いつも以上に華やかに花や食べ物をお供えしてみてもいいかもしれませんね。お彼岸のお供えといえば、春のぼたもちと秋のおはぎ。ともに同じ食べ物なのに呼び名が違うのは、それぞれの季節の花(春は牡丹、秋は萩)にちなんでいるからです。また、小豆が収穫できたばかりの秋のおはぎは鮮度の良いつぶあん、冬を越すと小豆が硬くなってしまうため春のぼたもちはこしあんで包むと言われています。その他にも故人様の好物だったものを供えてあげるのもよいでしょう。
お墓参り
お彼岸といえばお墓参り。秋空は澄み渡り、風は涼しく、なんともすがすがしい空気の中でお参りできます。お墓掃除は大変ですが、墓石ひとつひとつをきれいに拭き取り、雑草を一本ずつ抜いていく、こうした無心の作業を通じて、気づくと心が洗われていくものです。季節の移ろいを亡き人やご先祖様と一緒に感じられるなんて、とても贅沢なひとときですね。
彼岸法要へのお参り
お彼岸時期になりますと、日本全国の寺院で彼岸法要(=彼岸会)が行われています 普段なかなか入ることのないお寺の本堂に足を踏み入れ、荘厳な空間で読み上げられる読経やお香の香りに触れることで、日常生活では味わえない新鮮さを体験できます。また、法要のあとには、自分自身を振り返る機会となるありがたい法話を聞くこともできます。お寺によっては檀家でなくとも誰でもお参りできますし、コロナ禍の今年はリモート法要を行うところもあります。気になるお寺にお参りしてみて自分を見つめ直すのよいかもしれませんね。
写経や座禅など「仏」に触れてみる
お寺の山門をくぐるのは少し気がひけるという人は、自宅で写経や座禅はいかがでしょうか? 自分の好みの香を焚いて部屋の中に燻らせて、自分だけの「仏時間」を体感することで日頃の疲れやストレスが洗い流せるかもしれません。写経用紙は仏壇店やインターネットでも買えますし、座禅は自分一人ですぐに始められるだけでなく、最近は「オンライン座禅会」を開催するお坊さんも多数います。
まとめ
自然と祖先と親しく生きている私たち日本人は、季節の変わり目に宗教的な儀式を行うことで、田畑の豊作を祈り、収穫を感謝しました。そして自然や祖先の先に仏の世界を見つめ、幸せに生きられるよう自分自身を振り返る機会としたようです。
お彼岸はとても過ごすやすい気候のいい7日間です。普段の生活の中で迷いや悩みに苦しんでいる人も、このお彼岸のひとときだけは、忙しい手を休め、仏さまやご先祖さまに思いを馳せ、自分自身を振り返る機会にしてみませんか? 彼岸とは苦しみのない世界。そんな世界を思い描くことが、楽に生きていくためのの第一歩かもしれませんね。
監修者コメント
監修者
終活・葬送ソーシャルワーカー
吉川美津子
コロナ禍では、お彼岸の法要をリモートで行った寺院も都市部を中心に多くありました。動画を撮影してYouTubeなどを利用して動画配信したり、Zoomなどでリアルタイムで寺院とつないだり、それぞれ工夫を凝らしていたようです。
静寂・厳粛な雰囲気に浸ることはできませんが、これまで「足腰が悪くなってお参りに行けない」「遠方なので家族が揃ってお参りするのは難しい」といった理由で、これまでお寺と遠ざかっていた人でも、動画で配信できることによって新たなつながりが生まれたのではないかと感じています。
コロナ禍では、お盆やお彼岸のお墓参り代行サービスも注目を集めました。これまで「他人にお墓参りをしてもらうなんて」と否定的だった人も意識がかわり、こういったサービスはより利用しやすくなるのではないかと思います。